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| 先人たちのこころを想い、言葉をめぐる。文学のふるさとへ。 |
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からたちの花詩碑 |
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| 白秋がいつもからたちの垣根並木のある道を通って学校に通った少年の日の記憶をうたったもの。 |
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水の構図碑 |
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| 白秋最後の著書、水郷柳河写真集『水の構図』の序文の一節が刻まれた碑。 |
- - - 石碑に書かれている詩 - - - 水郷柳川こそは、我が生れの里である。
この水の柳川こそは、我が詩歌の母體である。
この水の構図この地相にして、はじめてわが體は生じ、
我が風は成った。 |
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欄干橋の歌碑 |
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- - - 石碑に書かれている詩 - - -
太鼓橋 欄干橋を わたるとき 幼子我は 足あげ勢ひし |
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立秋詩碑 |
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| 白秋『思ひ出』の中の詩「立秋」の一節が刻まれた碑。詩に出てくる懐月楼跡にあります。 |
- - - 石碑に書かれている詩 - - -
柳河のたったひとつの公園に秋が来た。
古い懐月楼の三階へきりきりと繰り上ぐる氷水の硝子杯、
薄茶に、雪に、しらたま、紅い雪洞も消えさうに。 |
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五足の靴ゆかりの碑 |
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| 柳川を訪れた与謝野寛、木下杢太郎、北原白秋、吉井勇、平野萬里を偲んで建てられています。 |
- - - 石碑に書かれている詩 - - -
明治四十年夏、東京新詩社の与謝野寛、北原白秋、木下杢太郎、吉井勇、平野萬里は白秋の故郷柳河を旅の拠点として九州の南蛮文化探訪を行い、紀行文「五足の靴」によって日本耽美派文学興隆の端緒を作った。 その帰途、八月二十一日茜色に染まる夕焼けの水郷柳河を逍遥して、高畑公園三柱神社太鼓橋際の風がわりな氷屋懐月楼の三階に旅情を慰めたことは、「五足の靴」第二十三章「柳河」に詳しい。 白秋もこの懐月楼を「立秋」の詩にして抒情小曲集「思ひ出」に収めたが、当時の懐月楼こそ現在の松月に他ならぬ。水光の町柳河を最初に近代文学史に刻んだ「五足の靴」と松月とのゆかりを記念してここに碑を建て、永く語り継がんとするものである。 |
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木俣修歌碑 |
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| 明治三十九年滋賀県生まれ。北原白秋に師事し、「香蘭」に参加。昭和二十八年、歌誌「形成」を創刊,主宰。歌碑は、柳川を訪れた際に詠まれたもの。 |
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三柱宮手洗場の歌碑 |
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- - - 石碑に書かれている句 - - - 三柱宮 水照繁なる 石段に 瑪瑙の小蟹 ささと音あり |
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三柱宮祇園守の歌碑 |
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- - - 石碑に書かれている句 - - - 殿の紋 祇園守を 水草の 何の花かと われら夢みき |
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酒井黙禅句碑 |
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鋤崎土居の歌碑 |
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- - - 石碑に書かれている句 - - - 色にして 老木の柳 うちしだる 我が柳河の 水の豊けさ |
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